裕福な投資家と資金の少ない一般投資家の決定的な違いとは?

裕福な投資家には大きな強みがある。彼らには国債、マネー・マーケット・ファンド、不動産、株、と様々な収入源があるから、「利益を上げなくてはいけない」などといった逼迫感は無い。 -- リチャード・ラッセル氏(ダウ・セオリー・レターズ)
銀行に勤めている頃、裕福な家庭に行ってミューチュアル・ファンドの説明をしたことがある。リビングルームの壁には歴史の教科書で見たことのある絵が飾られ、これを売ったら普通の家を2、3軒買うことができるのだろうな、などと憶測した事を憶えている。ラッセル氏の言うように、裕福な人々は既に幅広く投資しているから、差し迫って今直ぐ何かに投資する必要は無い。

ラッセル氏の話に戻ろう。

裕福な投資家は「価値」を重要視する。国債の利回りがあまりにも高く、どう見ても割安だと思う時、彼らは国債を買う。株、不動産、絵画、宝石なども同様に、現在の価格が極めて魅力的な時に買う。言い換えれば、裕福な投資家は、価値を判断するエキスパートだ。もし、現在の価格に価値を見出すことができないなら、彼らは待つ。裕福な人々には、毎日、毎週、毎月投資からの収入があるから、良い投資機会が来るまで待つことに全く問題は無い。
待つことができる、というのは強みだ。「この値段で買えるのは今日だけです!」、などと言われると、私たちは慌てて買ってしまうものだが、裕福な人たちはセールストークに乗せられることなく、次の好機会を待つことができる。

資金の少ない一般個人投資家について、ラッセル氏は更にこう語っている。
一般の個人投資家たちに共通して言えることは、「儲けよう、利益を上げよう、儲けなくてはいけない」、といつもあくせくしていることだ。本当なら、彼らは3%の配当利回りがある株を買うべきだ。しかし彼らのしていることは1等を夢見て宝くじを毎週買い、友人に勧められた、あまりにも話がうますぎる不動産投資に手を出してしまうのだ。彼らには住宅ローン、自動車ローン、教育費、と様々な出費が毎月ある。とにかく彼らは、手っ取り早く儲けて生活を楽にしたいと切望しているのだ。
生活を楽にしよう、良い暮らしをしたい、というのは間違った願望ではない。問題なのは、素早く大きく儲けようということに固執してしまうと、肝心なことを見落としてしまう。ラッセル氏の言葉を借りれば、儲けたいということに一心となった小投資家は、重要な価値判断ができなくなってしまうのだ。

「裕福な投資家は既に資産を築き上げているから、マーケットが無くても困らない。これが持つ意味は極めて大きい」、とラッセル氏は言う。繰り返しになるが、裕福な投資家は余裕があるから、本当に価値のあるものが現れるのをじっくりと待つことができる。しかし、これから一財産を築かねばならない一般個人投資家は、早く儲けようとして危険性の高い投機に手を出してしまう。

では、資金の少ない私たち個人投資家はどうすれば良いのだろうか・ラッセル氏の答えはこうだ。
先ず、収入以上の暮らしをしないこと。そして、配当金や利子を払うものに定期的に投資すること。これを長期間続ければ、小さな投資家も裕福な投資家のように投資から収入を毎月得ることが可能になり、裕福な投資家のように考えることができるようになる。
資産家は、マーケットが価値ある割安なものを提供してくれるまで気長に待つことができる。しかし私たち個人は、躍起になってマーケットから利益を奪い取ろうとする。うまく言えなくて申し訳ないが、奪い取る行為は戦争をするようなものだから、敗けた時の被害は多大なものになる。奪い取るのではなく、マーケットが与えてくれるものをうまく拾うことができる投資家になりたいものだと思う。




(参照した記事: Wealthy Investors Have One Gigantic Advantage Over The Little Guy

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