短パン姿で教会へ行くのは神様に失礼??

葬式には喪服を着て行く。Tシャツにジーンズなどという格好で参列したら、「マナーを知らない奴だ」、と皆から軽蔑の目で見られてしまう。では、こんな場合はどうだろうか。想定は高校野球になる。ピッチャーが交通事故で亡くなってしまった。悲しむチームメイトは、全員ユニフォームを着て葬式に出席した。これは常識外れの失礼な服装だろうか。


ワシントン・ポストの記事だが、教会へ出席する服装が取り上げられていた。夏本番、特に今年の暑さは厳しく、30度を超える日が続いている。冷房の効いた教会なら快適だが、古い教会には冷房が無いから、室内はかなり蒸し暑くなる。当然、ジャケットなど着ていられる訳がなく、ズボンのお尻の部分は、まるで漏らしたかのように汗でずぶ濡れだ。

ある教会が、こんな公示をした。

礼拝中は、短パン、タンクトップ、ゴム草履の着用をご遠慮ください。

実際に、こういう写真が掲載されている。


写真:ワシントン・ポスト
この祈っている女性の服装は、教会にはふさわしくない格好だろうか?もちろん、大きく露出された彼女の肌を見て、ムラムラする男性がいるかもしれないから、彼女の服装は間違っているという意見があるかもしれない。しかし重要なのは、神を礼拝するのに間違った服装というものがあるのだろうか。

礼拝の場である教会内で、露出された肩、太ももといった服装を、神はいったいどう思っているのだろうか。

レベッカ・セント・ジェームズ氏(CBN.com)は、聖書から次の言葉を引用し、女性は人目を引く服装を避けるべきだと述べている。

同じように、婦人はつつましい身なりをし、慎みと貞淑をもって身を飾るべきであり、髪を編んだり、金や真珠や高価な着物を身に着けたりしてはなりません。むしろ、善い業で身を飾るのが、神を敬うと公言する婦人にふさわしいことです。(テモテへの手紙)

神は人間の服装に驚くことはないと思う。茶化すつもりはないが、神がアダムとエバを創造した時、人間は裸であり、服というものが現れたのは人間が罪を犯してからだ。

レベッカ・セント・ジェームズ氏への反論として、シャロン・ホッデ・ミラー氏(神学部の学生)は、こう語っている。

クリスチャンの間で通念になっていることの一つに、霊的品位の高い女性は露出度の高い服を着ない、というものがある。肌が大きく露出した服装は人目を引き、場合によっては男性教会員をつまずかせ、私たちの品性が疑われてしまう。要するに、女性の体は誘惑であり、教会内の問題の一つになっているのだ。
「婦人はつつましい身なりをし、慎みと貞淑をもって身を飾るべきであり」、という言葉には説得力がある。しかし、この言葉を引用する人たちには、女性が肌を露出させることは恥ずべき行為であるという考えが根底にある。もっと言えば、多くのクリスチャンは、女性の体は誘惑の根源であり神の栄光を表すものではないから衣類で隠すべきだ、と思っているのだ。
「礼拝中は、短パン、タンクトップ、ゴム草履の着用をご遠慮ください」、という公示の根源にあるのは結局セックスだったのだろうか。「女性教会員の皆様へ:男性教会員が悶々とした気持ちになるので、露出度の高い服装はご遠慮ください。」


(情報源:Churches grapple with clothing and what’s appropriate as summer heats up

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